子どもと過ごす毎日

 

1・2・3月/4・5・6月/7・8・9月10・11・12月

 


 

    4月

 

 

誕生1

 

 長女は、4月生まれです。結婚9年目に生まれました。妊娠8ヶ月くらいで逆子になってしまい、色々体操などもしたのですが、どうしても治りません。帝王切開で産もうということになりました。

 

37週目の検診で、

「来週、手術しましょう」

と言われて、家に帰りました。

ところが、その夜、寝ているとお腹の中で、赤ちゃんが強くお腹を蹴った時、パン!という音がしたのです。そして、30分位した時、破水が始まりました。赤ちゃんが自分で羊水の膜を蹴破ることなどない、と色んな本にも書いてありますが、確かにその時、彼女は蹴破りました。来週まで誕生が待ちきれなかったに違いない、と私は思っています。

 

その夜は、雨でした。自宅から病院までは4、50分は掛かります。夫は、必死で車を飛ばしてくれました。私は、驚くほど沢山羊水が流れてくるので、お腹の子が苦しがっているのではないかと不安で不安で堪りませんでした。

無事、病院に着き、早速手術が行われて、3時48分、娘が誕生しました。2,496グラムの小さな赤ちゃんです。

「可愛い女の子ですよ」

と顔を見せられてほっと安心した途端、全身麻酔が行われ、次に気が付いたときにはベッドの上でした。

 

私は、手術をしたせいで、産後24時間はベッドから動くことが出来ません。他のママたちがすぐ授乳を始めているのに、私は、自分の子を抱くことも出来ない。出産直後の精神不安定な時期とあって、私は、ベッド脇の電話で夫と話しながらおいおい泣いていました。

次の朝、やっと授乳室で対面した我が子は、その部屋にいる他の誰よりも小さくいのに、他の誰よりも元気に泣いている赤ちゃんでした。どんなに泣かれても、愛しくて愛しくて堪りません。周りの目を気にせず、一生懸命あやしました。

 

その小さかった娘が、今ではクラスで1、2を争う大きさに育っているから不思議です。時には、ぶつかり合うことも増えてきましたが、この時の、喜びと愛しさを決して忘れないようにしようと誓っています。

 

 

 

 小学校入学

 

 幼稚園と小学校では、何と言っても、お勉強のある・なしが大きな違いです。成績や順位なんか気にしないぞ!! と思っていても、放っておくことが出来ません。私も、根が真面目で、中学までは優等生でしたから、知らず知らずに子どもの勉強の様子をチェックしてしまうし、こんな勉強は出来て当たり前だと思ってしまうのです。

 特に小学1年生は、先生の方でも、「お母さんも一緒に見てあげて下さいね」っていう連絡や宿題が多いので、ついつい過干渉になってしまいます。

 

 

 上の娘が1年生の時のことです。

 

計算カードというのがありました。足し算(繰り上がりなし・繰り上がりあり)引き算(繰り下がりなし・繰り下がりあり)の4種があって、表に式が裏に答えが書いたカードがリングでつながっています。算数で足し算や引き算を教わってかは、毎日それを練習してくるように宿題が出されました。宿題表というのがあり、毎日そこに、それぞれのカードをするのに何分かかったかを記入し、親の判こを押すのです。

 

 最初のうちは、娘のペースでやっていて、私もそれで満足していました。ところが、買い物先などで同級生のママさん達に出会って、宿題の話なんかになった時、他の子どもさんがどのくらいの時間でカードをしているかを知ってしまったのです。うちの娘が4,5分かかっているのを、早い子は2分くらいでやっていたのです。

 そういうのを知ると、もうダメ。次からは、ゆっくり考えてゆっくりカードをめくる娘の姿に苛立つようになってしまいました。段々と娘への口調がきつくなっていくし、時には叱るようにもなってしまいました。小さい頃から何でもマイペースで自主性に任せてやらせてきたので、娘には「見たとおりにきちんとする」とか「決められた時間内で速く済ませる」とかいった経験がありませんでした。それを、いきなり人並みに、いえ、人並み以上に持っていこうというのですから、無理な話です。しかし、その時の私は、無理と分かってもどうにかしたい、という気持ちのほうが強かったのです。

 

 ある朝、いつものように娘の髪を梳かしてやっていると、頭頂部に小指の爪ほどの大きさの禿を発見しました。

 

一気に血の気が引きました。ストレスから円形脱毛症になる人の話は聞いたことがありますが、まさか娘がそんなストレスを感じていたとは。

新しいことが好きだし人見知りもないし、学校もクラスも友達も、とても楽しそうです。きっと本人にもストレスの自覚はないのでしょう。しかし、いきなり生活が、そして、母の様子が激変したことを体が拒否したのです。頑張れ、頑張れ、やれば出来る、みたいに言い続けた自分を嫌悪しました。結局は、私が他の子と比べて、負けたくなかっただけなのです。

「今のままの、マイペースのあなたが大好きだ」

と言ってやれる母に戻らねばならない、と思いました。

 

幸い、頭頂部なので、本人は全く気付いていません。知ってしまうと気にするので、言わないことにしました。髪を結ぶ時、分け目を上手く隠してやることも出来そうです。もし万が一、学校で他の子どもに見つかった時のために、担任の先生にはお知らせしておきました。

 

半年ほどかかって、娘の禿はなくなりました。今は、すっかり笑い話のようになって、当の娘にも話しています。しかし、私の中では子育て中のワースト1がこの出来事ですから、事ある毎に思い出して自分を戒めるようにしています。

(ところで、今は、おチビが小学1年生になり、同じように計算カードに取り組んでいます。夏休み前に戴いたプリントには「休み中に2分以内で言えるようになっておきましょう」と書いてあったのですが、それも見逃すような母になってしまいました。休みが明ける直前にそれを知って、親子でジタバタしている今日この頃です。)

 

 


 

PAGE TOP    子育ての部屋 

 


 

   5月

 

 

忘れ物

 

小学生になった娘たちは、毎朝、グループで登校しています。

長女が1年生の時の出来事です。月曜の朝、いつものように玄関まで見送って、それから、朝食の片づけやら洗濯やらしていました。すると、ピンポーンとチャイムの音。こんなに早く誰だろう?と、ドアを開けると、泣きじゃくる娘が・・・。

「おがあざ〜ん。ぐわぐづゅ、わじゅれだ〜」

どうやら、学校までの道を半分くらい行ったところで、上靴を忘れたことに気が付いた娘は、一人で帰ってきたようです。とりあえず、話を聞いて、顔を洗わせて、それから、車で学校まで送っていきました。

「一人で帰ってきたら、危ないやろ? お母さんが用事で出掛けてるかも知れへんし。」

 「先生に言うて、それで、取りに帰りなさいって言われてから、帰ってこなあかんよ。」

そう話す私に、娘はうんうん肯いていたけれど、初めてのことでパニックになって、そんな冷静な判断ができるどころではなかったのでしょう。

 

上靴なんて、なくっても死ぬわけでも勉強に差し支えるわけでもないのだから、そんなに大騒ぎせず先生に言えばよいのに…と思いながらも、そんな融通の利かない娘がちょっと愛おしくなりました。今は、どちらの娘も忘れ物するのに慣れてしまったし(?)、世の中が物騒になって学校でも「忘れ物があっても取りに帰っちゃダメ」って教えているので、こんな出来事はなくなったけど、朝、ピンポーンとチャイムが鳴るたびに、娘のぐじゃぐじゃの泣き顔が目に浮かぶのです。

 

 

 

お弁当写真

 

 

幼稚園児を持って大変なのは、お弁当作りですね。大人だと、ボリュームが一番で、見栄えは二の次でも許してもらえるんだけど、小さい子どもは、そうはいきません。おかずだって、少しずつだけど何種類も必要で、小さいお弁当箱でも、手間は大人と同じ。いえ、それどころか、小さいお握りを作るのは、かえって手間が掛かるものです。

で、ある時、テレビ番組で、自分の作ったお弁当を全部写真に残している人のことを見たとき、私はピン!ときました。どうせ手間が掛かって大変なら、その大変なのを私も記録に残しておいて、娘たちが大きくなったら、「ほれほれ、お母さんはこんなに手間を掛けて貴方たちを育てたんだからね。感謝しなさいよ」と言ってやるぞ、って。

 

 

というわけで、私のお弁当写真が始まりました。ものぐさな私ですから、凝ったおかずなんて作りません。いつも、卵焼きとウインナーとお握りとトマト…同じような組み合わせです。でも、ある本で、「お弁当箱を開けた時に、子どもがわぁーっと思えたらそれでよい」というのを読んだので、とにかく、その「わぁー」という顔だけを思い描いて、毎日なんとか飾り方だけは工夫するようにしました。

 

 

さて、娘たちが実際にどんな顔をしてお弁当箱を開けていてくれたかは、知る由もありません。でも、沢山のお弁当写真は、私自身のかけがえのない宝物になっています。おばあさんになった時、一人でアルバムを眺めてニタニタしているかも知れませんね。

 

 

 

 

 

 


 

PAGE TOP    子育ての部屋 

 


 

    6月

 

 

 土曜参観

 

 昔は、父親参観って言いましたね。最近は、平日の参観日でもお父さんを見かけることが多くなりましたが、やっぱり休日は沢山のお父さんが来られています。

 

 下の娘が幼稚園の年少の時のことです。園では、ゲームをしたり歌や踊りを見せてくれたり、いろんなことを用意してくれるのですが、その時は教室で、子どもを紹介する時間が設けられました。椅子を輪になって並べ、お父さんたちが腰掛けて、その前や膝の上に子どもたちが座ります。「端のお父さんから順に、自分の子どものよいところを紹介して下さい」というものでした。

 お喋りの上手なお父さんが面白おかしくお子さんを紹介されると、子ども達は大喜びだし、教室も和やかになります。そして、うちの番になりました。立ち上がった夫は、

「うちの○○○は、泣いたり怒ったりぐずぐずしたり機嫌が悪くなったり・・・、そういうことを全然しない、とっても良い子です」

と言って、さっと座りました。一瞬、何を褒めたのか分からないような感じで、先生もえっ?という顔をされました。私も、おチビには色々良いところが沢山あるのに、なんでそんな遠まわしな分かりづらいことを言うのかしら?と思ったのです。

 

 ところが、その後、夫の言ったことを意識して、おチビの様子を眺めてみると確かに、うちのおチビは、とにかくいつもニコニコしています。そりゃあ、時にはワンワン泣くことがあるけれど、大抵はニコニコ楽しそうにしていて、誰にも嫌な顔をしないし、ふくれたりすねたりもしません。おチビの一番いいところは、確かに、これかも知れません。

 早くからそれに気付いていた夫の観察力は素晴らしい、と思ったし、他の人の見方を知ることが大切だ、とも思いました。

 

 今では、私も、おチビに向かって、

「あんたはいつもニコニコ楽しそうやね。あんたのその顔を見てると、お母さんも幸せになるわ」とよく言うようになりました。

 

 

 

 

100日まで頑張れ!

 

子どもを身ごもると、誰もが色々と不安になって、情報を集めることでしょう。私は、何でもまず本から情報を得るので、あれこれお産や育児の本を探しました。雑誌なども随分買いましたが、一番助けられたのは、

 

「ひとりひとりのお産と育児の本」 毛利子来 著  平凡社

 

です。有名な小児科医の先生が書かれた本で、妊娠から子どもが幼稚園や保育園に入園するくらいまでのことが書かれています。何より助かったのは、「○○しなければならない」式の本ではなく、「大丈夫、○○してもいいんだよ」という風に書かれていたこと。堅苦しく考えなくて大丈夫、赤ちゃんにも個性があるし、何より強い生命力があるのだから、びくびくして育てなくてよいよ、と励ましてもらっているような気がしていました。

 

その本の中でも、特に印象的なページが、あります。

 

「いつまでつづく? このたいへん」という見出しがついていて、

若夫婦が赤ん坊を連れて登山しているイラストが書かれています。

妻が

「あと どれだけあるの」

と聞くのに対して、夫が

「いますこしのしんぼう 100日までがんばれば 楽になるよ」

と答えているのでした。

 

長女の時は、初め、母乳の出が悪かったので、いつもいつも不安でした。授乳させて、何とか娘が寝た後は、次に少しでも多くお乳が出るように、と、おっぱいを絞りきって空にしました。絞ったお乳は、夜中にお乳が足りなくなった時のために冷凍もしていました。でも、そんなことをしていると、あっという間に時間が過ぎて、次の授乳まで結局ほとんど眠れなくなるのでした。

 

昼夜逆転してしまった時もありました。こちらは、昼眠れない分、何とか夜は熟睡したいのに、赤ん坊が全く眠る気配を見せなくなりました。夫は協力的でしたが、さすがに明日の仕事に響くので、夜中に頼るわけにいきません。こんな日があとどのくらい続くのか、と本当に途方に暮れながら、娘を抱いていました。

 

そんな時、何度となく開いたのが、この山登りのページです。夫の台詞を何度も見返して、

「100日だ、100日だ」

と祈るように唱えました。

「100日までがんばれば 楽になる」という言葉を信じることで、何とか元気を出していました。

 

 

さて、長女は、本当に生後4ヶ月から、ピタリと夜中に起きなくなりました。夜11時過ぎにお乳をやると、私は、翌朝6時過ぎまでゆっくり眠ることができます(こんな楽な赤ん坊は、そうそういないらしいですが…)。それまでの苦痛が嘘のようになりました。

 

6月の今頃がちょうど一番苦しい時でした。この言葉に支えられなければ、心が折れてしまっていたかもしれません。

娘たちは、すっかり大きくなって、開くこともなくなってしまったけれど、どうしても処分できないこの本は、大切に本棚にしまってあります。

 

 


 

PAGE TOP    子育ての部屋     次へ